シール/クライミング・スキンの話

テレマークスキー用の新しいシールを手に入れ、ふとシールっていつできたものなのだろうか、と気になり始めた。そもそもなんで「シール」と呼ぶのか?シールみたいに貼り付けるからか、と言うレベルの好奇心から、ネット上の情報を滑り回っていくと、どうやら「シール」は貼り付けるものではなく、もともと移動手段としての「スキー(足に付ける二枚の板)」には毛皮が付いていたらしい。
この「毛皮スキー」について、まず事例を確認しながら、その伝播や変化について仮説を構築してみたい。情報源としては、ほぼ全てをインターネット上の情報に依拠していることを先に明示しておく。

(1)「毛皮スキーの事例」


事例1:アルタイ山脈の毛皮スキー
 中国の新疆ウイグル自治区のアルタイ地区に暮らすトゥバ人が利用する「スキー」には、馬の毛皮が貼られていて、斜面を登る事ができるようになっているという。またこの毛皮は板に固定されているという。
スキーの起源を訪ねて(ナショナルジオグラフィック 2013/12)
https://natgeo.nikkeibp.co.jp/nng/article/20131122/374588/
The First Skiers: Deep in Time, Deep in the Altai (2014/3/17)
https://snowbrains.com/first-skiers-deep-time-deep-altai/
Preserving skiing’s origins in China’s remote west(詳しい記事になっている)
https://www.aljazeera.com/gallery/2018/2/7/preserving-skiings-origins-in-chinas-remote-west-13 (2018/2/8)
スキー発祥の地の新疆アルタイ 伝統的なスキー道具を使用(2021/11/30)
http://japanese.cri.cn/20211130/aab5f077-48ba-8f78-d587-4ed8d72a4d41.html

事例2:モンゴル国及びロシアのトゥバ人の毛皮スキー
 国境を隔ててはいるが、事例1と隣接する地域である。1991年から1998年にかけて調査を行った松下唯夫の文献にはモンゴル国及びロシアに暮らすトゥバ人の「スキー」についての記述がある。
 「毛皮スキー」が使われていて、オオジカ・ウマ・トナカイ等の足の脛の部分の毛皮が使われている。ロシア側ではウマの毛皮が手に入らないので。トナカイの毛皮を使う。幾つか継ぎ足して。滑走面全体に張る。
トナカイ遊牧民トゥバ族のスキーと狩猟(山内隆教授退官記念論文集) 松下唯夫
https://shiga-u.repo.nii.ac.jp/?action=repository_uri&item_id=7611&file_id=19&file_no=1

西村幹也の文献は、1995年から2010年にかけての調査に基づいているが、毛皮スキーを用いた狩猟について言及している。ウマの毛皮を貼っている。1997年当時で、「所有しているのはわずか3世帯に過ぎなかった」と述べている。
トゥバ人の狩猟採集活動−モンゴル国北部タイガ地域における一事例−西 村 幹 也
https://www.jstage.jst.go.jp/article/hoppohmbulletin/28/0/28_45/_pdf/-char/ja

事例3:モンゴル国北部のツァータン人
 .小数民族ツァ-タン族(トワ族)は狩をするための必需品として現在も使われていることがわかった。なぜ毛皮スキ-が必要なのかは、文献の中では山の斜面を登るとき後方に滑らないように毛皮を使うとの報告のみであった。この地では、板製スキ-で狩に行くと獲物(主に黒テン)が逃げてしまう。毛皮スキ-であれば動物の音と同じなので獲物に近づくことができる。また,マイナス40度から60度になると板スキ-では滑走力が落ちることもわかった。トワ族・ダルハト族のスキ-は.中央アジア・シベリアのスキ-に比較すると新しい工夫がなされていた。その中で特徴的なところは、スキ-滑走面の毛皮を張ってある中央部に毛足の短い毛皮を使い,スキ-が直進しやすいようにしてあった。これはモンゴル独自のものではないかと思われる。

松下唯夫 1991 年度 研究成果報告書概要
モンゴルにおける古代スキ-の発祥と伝説および子どもの遊び
https://kaken.nii.ac.jp/ja/report/KAKENHI-PROJECT-03041099/030410991991kenkyu_seika_hokoku_gaiyo/

事例4 樺太先住民族 オロッコ、ヤクート
「オロッコ、ヤクート共に彼等自身でスキーを作る。裏に海豹の皮を張る。冬のツンドラの歩行はこれなくしては不可能である。普通のスキーでは役に立たない。滑るよりも歩くためのもので、カンジキに近い性質を持っている。」
『樺太原始民族の生活』山本祐弘 (1943)
https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1460160

ストー/スキーにのる先住民族の写真が掲載されている。
樺太敷香の写真家・半澤中の生涯と写真リスト 宇仁義和 
https://nodaiweb.university.jp/muse/unisan/files/hanzawa_chu.pdf

北海道立北方民族博物館所蔵のウイルタ資料 一対応する北方言の語彙を中心に (3) - 山田 祥子 ・笹倉 いる美
文献中に、毛皮付き木製スキーの写真と言及 
https://www.jstage.jst.go.jp/article/hoppohmbulletin/22/0/22_3/_pdf/-char/ja

事例4x 
札幌の秀岳荘が販売している「ゾンメルスキー」についての解説記事の中で、秀岳荘が展示しているロシアで入手したというスキーが紹介されている。アザラシの毛皮を釘で固定したものとなっているとのことである。
https://kinomemocho.com/sanpo_sommerski.html

事例5 樺太アイヌ

1944年当時のスキー-についての記載があり、14,5年前からロシア人も(樺太)アイヌもストーを利用している姿を見かけないこと、ストーの裏には毛皮が貼られているとのことなどが記されている。

”中川小十郎宛て葛西猛千代書簡の樺太アイヌのストー(スキー)について ”
https://ritsumei.repo.nii.ac.jp/?action=repository_uri&item_id=15579&file_id=22&file_no=1

「海豹の毛皮は毛履(キロ),皮綱,外套,煙草入れ(カツコム),足橇(ストー)の裏皮,其の他叺(テンキ)の類いを作る。(中略)」と記されている。
 下記、佐藤雅子の文献の中で、1943年に刊行された葛西の記述が引用されている。・
北海道アイヌの自然利用 —獣皮衣にみる— 佐藤雅子(2017)
https://opac.ll.chiba-u.jp/da/curator/105910/S21857148-19-P065-SAT.pdf
この文献の74ページに”葛西猛千代(1943)『樺太廳博物館叢書9』樺太文化振興會,(1975 年復刻版『樺太アイヌの民俗』”からの引用として、

アイヌ民族博物館
WEBサイト上のデータベースで見る限りは時期、収集場所等は記載されていないが、 国立アイヌ民族博物館の収蔵資料データベースに毛皮の貼られたスキーがある。
https://archives.nam.go.jp/DB/detail?cls=material&pkey=74002-2

事例6 タイガの遊牧民
北海道立北方民族博物館第36回特別展『トナカイと暮らす:タイガの遊牧民たち』どこなのかは明確ではないが、動画の中に、毛皮スキーを確認できる
https://www.youtube.com/watch?v=eJlCrUJjWVo

事例7 黒竜江省のホジェン人 
中国黒龍江省の松花江下流、アムール川の南側、ウスリー川の西側に住むホジェン人についての記述と写真では、明確に「毛皮スキー」とは記されていないのだが、引用しておく。
「キヤレチキ(k i al e ci k i : スキー板) は、冬狩猟用の交通手段で、『松花江下渉的赫哲族』によれば、長さ1 8 6 c m 、幅1 3 c m のスキー板である. ホジェン族はそれを穿いて山や川などを上ったり下ったりして、野獣を追いかけた( 写真1 2) 」
ホジェン( 赫哲) 族の叙事詩研究 干暁飛(2002)
https://opac.ll.chiba-u.jp/da/curator/900021452/Sh-48.pdf

事例8 サハリン
 間宮林蔵が1808年から2年間にわたりサハリンを探検した際の見聞記の中に2枚の板に乗る絵図があるが、これだけでは毛皮が貼られているかどうかはわからない。
 北蝦夷図説
http://codh.rois.ac.jp/iiif/iiif-curation-viewer/index.html?pages=200021833&pos=42&lang=ja

事例9 スカンジナビア半島のアシメトリカル・スキー
長いスキーと毛皮の付いた短いスキーの一組で利用されるもの

画像はここでみることができる
sukset; lyly ja kalhu。https://www.finna.fi/Record/musketti.M012:K7564: 

キックボードのように、片足で推進力を生み出すもので、利用している様子はこちらの動画で見ることができる
Lyly ja Kalhu – Epäpariset Sukset – Asymmetrical Skis – Centralnordiska skidor
https://www.air.tv/watch?v=cqZ4JAlvQ8WrZVHg2os41A&share=true 
VIDEO: Iron Age Asymmetrical Deer Hunting Skis From Norwayhttps://unofficialnetworks.com/2019/05/07/iron-age-deer-hunting-skis/

(2)現在も使われる「毛皮スキー」
・Altai Skis The HOK
アルタイ地区のスキー文化から発想されたという、ナイロンシール埋め込みのショートスキー
http://www.magic-mountain.jp/item/category/50_pdf/50_p22_altai.pdf
・ゾンメルスキー
 秀岳荘で販売されているゾンメルスキー。アザラシ毛皮のモデルから、うろこタイプまである。業務や狩猟に用いられているようである。
 https://item.rakuten.co.jp/shugakuso/10014433/
・HARAKOゾンメルスキー(ショート)ハラコオリジナルブランド
http://www.s-supply.net/products/detail.php?product_id=89
 狩猟用に販売されているもののようである。

・北海道森林管理局のサイトでは、2014年にゾンメルスキーを利用して 支障木調査を行ったとの記載があり、現在でも利用されている事がわかる。
https://www.rinya.maff.go.jp/hokkaido/square/totteoki/2014/2014forester.html

・昭和(年代不明)のHAWKの木製スキーというのも、アザラシ毛皮が埋め込み、固定されているようである。
https://item.rakuten.co.jp/shugakuso/10014433/


3)Seal

Sealはアザラシの仲間(鰭脚類)を意味している。シール(の一部が)アザラシの毛皮でできていることに由来するのであろう。沿岸部から離れた内陸の山間地では他の毛皮が利用されたであろうし、北極海の平坦地ではシールはいらなかったかもしれない。アザラシの毛皮は交易でもたらされたのか、極北で、かつ沿岸部まで山が迫るような地域で利用されてきたのか、将来の課題として残る。


 



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