白滝イワナの里

白滝 イワナの里

栗駒山周辺を回った後、秋田側に戻る道で「白滝イワナの里」に立ち寄りました。
遅い昼ご飯にイワナの塩焼きを頂きました。一尾500円。わざわざ焼いてくれてどうもありがとうございます。

場所は、リンクのサイトから確認ください。

もともと、この場所に養殖場ができたのは、1950年代のようである。ネットで調べてみると「あきた(通算53号)1966年10月号に養殖場についての記述が見つかった。この取材については「私たち─記者と、案内役の菊地慶治氏と、ジープの運転をかってでられた東成瀬村広報担当の佐々木哲男氏の三人」だったとのことである。

さて、その記事では次のように紹介している。

ニジマス仙人
「《白滝養鱒場》 谷地の手前で間道を一キロほど登ったところに、民営では県内唯一というニジマス養殖場がある。経営者は佐々木成瀬氏、この事業と取組んで十年になり、やっと確信をもてるにいたったと語る。ほとんど山家の一軒家に夫人とたった二人きりで起居する仙人生活。”愚直”と任じて山家にこもり、芸術三昧にふけった晩年の高村光太郎をほうふつさせる人物である。
 氏の先々代は鉱山の権利で産を成した村一番の金持ちだった。戦後、農地解放などで失ったものも多かったが、食うに困るほどではなかった筈である。氏は拓殖大学の出身、そこで培ったフロンティア精神を、これといってキメ手となる産業を持たない村のため捧げようというのだろう。まさに現代の義人久蔵というべきか。
 けっして世をすねたわけではないのは村の教育委員として立派な公職についているのでもわかるが、遊学時代には刀鍛治のもとに出入りしたり、戦後は楢岡焼のカマ場に一年ほど通ったこともあるという、趣味にしても一本筋のとおった”凝り”ようである。カメラの腕も超一級、美術品を愛し、鑑賞眼もきびしい。ニジマスの孵化、養殖へ示す情熱は、まるで芸術品へ打ち込むようだ、とは氏をよく知る人の評言であった。
 私たちは、養鱒場で中食にした。富山駅や大垣駅の駅弁で評判にはきいていたが食べるのは初めての「マスずし」の馳走にあずかった。当主手づくりの、まさに芸術品であった。
 ほどよい空腹がそう感じさせたのか、「これほどの珍味を…」と思うと、一行の胸中にはこもごも、ニジマスの商品化についてのアイデアが浮かんで、しばしは名案迷論の談笑に時をすごした。「モノが生き物だけに販売のことを考えると頭が痛い」と佐々木仙人はすっかりお手上げの態で、ただに年間三十万尾もの稚魚を各河川へ供給するにとどまっているようだが、須川温泉帰りの客に、ビニールの袋に入れた土産品として買ってもらったらどうだろうというのが、この日の大勢の意見であった。」

他の方からの話では、当時、この養殖場で孵化技術を学んだ村民も多く、村内にも何カ所も養殖場があった時もあるとのことであった。その後、この養殖場の所有者は何回か変わって現在に至るとのことであった。

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