米倉

介護労働への就労者が不足する中で、高卒女子の就職を期待するようなニュースをちらりと見た。集団就職、「金の卵」と高度成長を支えた世代が高齢化し、介護を受ける時代となりつつある。
その時に、若い世代が介護職に就職していくというのはどういう意味を持つのだろうか?
かって日本企業の成長を支えた労働者やその家族の介護のために若い世代が働くということは、結局のところ、成長してため込んだ富を吐き出して、自分たちの老後を支えてもらうということになる。それは米倉を一杯にして、それを使い果たしていくということとも言えるだろう。
しかしさらに50年後に、空の米倉とともにどうやって、高齢化した今の若者たちが生き延びることができるのか?誰が介護してくれるのか?

別に経済成長を信仰しているわけではないので、こうして成長の幻想が破れ、静かな経済へ移行していかざるえなくなる歴史を受け入れるということかもしれない。

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