ブックオフで柴田元幸訳の「ナイン・ストーリーズ」が110円だったので、買ってみた。学生次第にサリンジャーの小説は一通り読んで、本棚のどこかに埋まっているのだけど発掘する気力がない。
で、まず「バナナフィッシュ日和」/昔の訳は「バナナフィッシュにうってつけの日」だったことはなんとなく覚えていたが/ 内容はすっかり忘れていた。当時、きっとシーモア・グラスにもう少し近づくために、サリンジャーの小説をあれこれ読む必要があったのだろう。
なんにしても昨日は一篇だけ。(2025/02/07)
昨日もちょこちょこと、少しずつ読み進める。バナナフィッシュ日和だけではなく、他の短編も戦争の影が強く感じられることにあらためて驚かされる。といか、戦争で傷ついた若者たちの姿を、様々な視点から切り取っていった短編集なんだなということを再発見。昔はどんな風に捉えていたのだろうか。
その中で、「笑い男」は少し異質な短編だった。なんか、村上春樹の小説を読んでいるような気持ちになってくる。なぜなのだろうか。物語の中で、物語が語られ、暗い影を背負いながらも、世界を超越したような「笑い男」。そして死を受け入れていく。その一方で、無邪気さを装いながらも、世界を見つめている僕。そしてチーフの周辺で流れていく現実世界。 (2025/2/8)
「エズメに――愛と悲惨をこめて」はよかったな。戦時における緊張とふとした出会い、そして、「悲惨」と「愛」。やはり救いのある話がいいな。
しかし後半の3本にはどうも小説として楽しむことはできなかった。「テディ」において、早世の天才児が予言を語ること自体、もう物語を捨てている。(2025/2/8)
・・・本棚から、柴田訳の単行本が出てきた。きっとブックオフで買い込んで、そのまま読まずに置いておいたのだろう。今度、誰かにあげてしまおう。
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