パンを発酵させている間に、少し近所に散歩にでた。
歩いていると、タイヤを交換していたり、畑仕事をしていたり、庭を片付けていたり、春はもうやってきたんだなと思う。そういえば、田んぼにいたハクチョウももういない。
道ばたでふきのとうを見つけた。ウグイスも鳴いている。あちこちにある「クマに注意」の看板を見ながら、クマに負けることなく、外を歩かないといけないなと思う。


そういえば、昨年(年度なのかな)大騒ぎだったクマによる死者は13人。被害者は240人弱らしい。しかし一ヶ月ほど前に始まったイランへの軍事介入のイラン側の死者は2000人ぐらいだという。またイランでの反政府デモ弾圧による死者も数百人とか数千人という。まあ、人間ほど恐ろしい生き物はいないと言うことだろうけれども、クマに対しても、もう一度その恐ろしさをアピールできるのだろうか・・・
さて、オイルショック再来!みたいな雰囲気だが、オイルショックがあっても、何があっても、なぜだか、石油は枯渇することなく供給され、そのせいか、相変わらず人類は石油に依存した生活をしているのだな、とあらためて気付かされる。石油が「安価に」供給され続ける限り、世界の仕組みは大きく変わらなかったということなのだろう。
石油が枯渇しなくても、世界の仕組みに変化を引き起こそうという潮流は「地球温暖化」への危機感であったのだろうが・・・温暖化防止のために(たぶん)戦争は起こらないだろうが、石油高騰に対しては、何万人何十万人が死んでも戦争をする人たちはいるのだろう。
しかし、少なくとも「燃料」のために石油を燃やさなくてもいいんじゃないかとは昔も思っているし、今も思っている。そういう点ではソーラー信者かもしれない。太陽という恐るべき!素晴らしき!エネルギーの供給「者」にはひれ伏すしかない。太陽がなければ、地球上の生命の、多分、ほとんどは生きていけない。しかし石油がなくなったって、地球上の生命のほとんどは生存していける。
なので、(というのは、とにかく偉大なのだから!と言う理由かもしれないが)ソーラー発電にせよ、なんにせよ、太陽光の恩恵は、持続可能性を高めつつ、利用すべきだと思う。
「メガ」がだめなら、「メガ」にしなければいいのだし、大量のソーラー発電のゴミがでるというなら、リサイクルの仕組みを高めるべきだし、ライフサイクルでの石油消費/CO2排出が多すぎるというなら、改良すべきだろうけど、太陽のエネルギーにはすがるべきではないだろうか。とにかく生命は太陽のエネルギーにすがって生きているのだから。
そんなことを畑のソーラー発電を見ながら考えていたのだけれども、そのうち、クマやイノシシ対策に集落の回りには石垣のようにソーラーパネルを設置する時代が来るのかもしれないな。人口減少時代にバッファーゾーンと言って、ただ草を刈っているわけにもいかないだろうから、集落を城壁で囲むみたいにソーラーパネルで囲み、発電+売電をしていれば、とりあえず草刈りの経費にはなるだろうし、獣たちにとっては、薄気味悪いエリアにすることができるだろう。巨大な物体があって、時にまぶしくて、自走する草刈り機が時々走っていたら、寄ってこないのではないだろうか。


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