「地底からのうた声」 一条ふみ編 

「地底からのうた声」 一条ふみ編 むぎ同人記
1974年に発行されたこの本の中には、戦前から戦後、昭和40年代までの様々な声が納められている。
1「出稼ぎする父ちゃん」
ここでは昭和30年代の出稼ぎの時代の農村の暮らしが綴られている。
本の内容には触れず、ちょっと思ったことを書き留めておく。
戦前から戦後、農地改革、そして出稼ぎの時代と、農村部の家族関係は大きな変容を遂げたことだろう。夫が出稼ぎに出て、家の中も、農業も女性たちが采配を振るったことだろう。同時に舅姑の存在感が薄くなっているように感じるのは、柱となる収入が「家」の農業ではなく、農外の現金収入になってきたからだろうか。
しかし、こういう出稼ぎの時代を経たにもかかわらず、例えば農業における女性たちの役割や、村の自治会長なりのなり手や、村の行事での裏方仕事が女性たちに回ってくることなど、そこが変わらなかったのはどうしてなのだろうか。男たちが不在であったが故に、新しい時代の中でのすりあわせが行われることなく過ぎてしまったからか。残された家の中で、家を守る、あるいは家事を行うのはすべて女性たちという世界があらためて強化されてしまったのか。たまに戻ってきた男たちは、きっと当然のように何もしなかったことだろうから。
出稼ぎの時代が変化のチャンスを奪ったのかもしれないと、考えてみることも出来るのであろうか。

2「ルポルタージュ 残存する村から」
 ここでは岩手県北部の、昭和初期の凶作の話や、ある地区の変化のついて語られている。
その中に、面岸というところの中学生・高校生の文章が取り上げられている。時代的には昭和30年代か40年代であろう。
「私たちはほとんど面岸に残らないで県外に就職します。理由は働く所がないこと。働く事ができるのは農業だけです。その農業についても昔と同じく、進歩はあまり見られません。これでは誰も働く気になれないと思うのです」
高校生
「なぜ若い人はみな、遠くへ行ってしまうのか。だが、考えてみると、卒業後家に残っても、農業の他に仕事がないのである。その農業も収入が少ないとなると、当然あこがれも入って都会へ行ってしまうのだろう。そして村に残るのは、長男または長女であり、それ以外の人は一生都会でくらす場合が多い。若い青春を面岸だけですごしては、やはり自己を伸ばすことはできないものと思う。」
「学校での教育は、新しい面岸を築くための若人を作るものである。その若人はどんどん都会に出て行くだけである。そしていつまでも村の中は格式ばった古い考えの方が優先となるのではなかろうか。人々はこの面岸に絶望し、便利な町に引越すこともでてくるだろう。…若い人がもっといろいろ学んで新しい風を吹き込み…多くの人を新しい意欲的な方向に目覚めさせ、やがては人口過剰の地域から夢を持った人たちが、どんどん移入してくるまでになるだろうと思う。」

 なんか、今でも同じことなのではないだろうか。農村だけではなく、地方都市の産業も残っているのは「格式ばった古い考えの方が優先し」みな、違う世界に行ってしまうのではないだろうか。ここで期待されているように、土地に住む若い人たちが新しい風を吹き込んで外から引っ張り込むような流れは理想的だったのかもしれない。
 今から、何かが変わる余力があるだろうか?今、何かを変えるためにエネルギーをつぎ込む人はいるのだろうか?

4 老いてどう生きればいいのだ
ここで取り上げられている話を一つ紹介したい。
 嫁からどやしつけられる「ばぁさま」の話が出てくる。手が不自由でも洗い物をしていたのに、茶碗を割って嫁から「ばさまぁなんぞ、いなくてもいい」と怒鳴られる。
「おれァ、せっかぐ電子工場さ行ってかせだ銭で買ったのすっ」
 孫は洗い物を手伝わず、「嫁はゆいっこした、田植え上がり、ほがのかが様たちと二泊三日の慰安旅行」の間の話だ。
「末孫が高校の二年になるが、あと片づげも何も手伝わぬ。これの母がいっさい手伝わせで、まるんで殿さまのよに育でてる。こっただごとで、えがんべかと思うが、口出せば、けんかになる。だがら黙ってら方がいいと思っている」

農業がその意味合いを薄れさせ、若い世代が現金収入を持つようになる、「家」の権威は崩れてくる。財布を握るものが力を持ち、高齢者は隅に追いやられていく。
それと同時に、家の中で殿様を育ててしまっている。そして、きっと会社では、男性たちにこき使われているのだろうに。

「家」につながる生
この中では、新しい時代に入ったはずなのに、回りから家の中に押し込められていく、それをやはり受け入れてしまう、男性からそして女性からの話が納められている。
この中で、兄嫁の愚痴としてこんなことが書かれている。
「このように男女同権になった世の中で、私たちのような家を継ぐ立場の者が、うまくことがはこばない方が多いのではないか・・・それは夫が弱いからだ・・・親の権力が強くて、ちょっとした発言でも夫の場合は難しい。私が婦人会や集会に出ることを好まぬ。…外に出すといろいろのことを覚えてくるので、外に女が出ることは好まない…」
などとといいながら、両親を押しつけてきたという。兄夫婦は相続は全部自分たちで受け取っておきながら・・・そして結局両親は押しつけられ、更にこの筆者を紡績工場に売った実の親も度々訪れてくるようになった・・・

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