ここ数年、時々読んでいるレイモンド・チャンドラー。
最初に手に取ったのは、古本屋で出会った村上春樹訳の「ロング・グッドバイ」。村上春樹流れで、面白いって言うんだから面白いんだろうな・・・それに安かったから買ってみた。
なので、ほんの数年のチャンドラーファン。それからいくつも読んできて、ここ数日はプレイバック
さくさくと読み進められるのが、チャンドラーの小説の良さというか、探偵小説ってこういう物なのだろうか?そして時々都合よく話は展開し、最後に種明かしか。(2025/02/11)
今日、「湖中の女」読了。これでチャンドラーの長編7本は読み終わったこととなる。だいぶ遅いチャンドラーデビューであった。
私に、チャンドラーがチャンドラーの小説の面白さを語るだけの能力はないのだけれども、あらためて、「ロング・グッドバイ」の巻末の村上春樹の訳者あとがきを読んで、そうそう!と思うところを数行抜き出してみたい。
「それはひとことでいうなら、語り手フィリップ・マーロウの目によって切り取られていく世界の光景である。」(P537)
「世界はフィリップ・マーロウの視線によって、その一片一片を切り取られていく。様々な光景が現れ、様々な人物が登場し、様々な出来事が持ち上がる。マーロウはそのような事象の海を、ほとんど表情を変えることもなく、淡々と通り過ぎていく」(P538)
「湖中の女」であれば、フィリップ・マーロウが関わっていくキングズリーもウェーバー警部もデガーモも、フィリップ・マーロウとの関係性の中で、その姿が徐々に描き出され、マーロウとともに、その苦悩や思いを、読者なりに理解していくというプロセスを生きることとなる。
今月に入って、2冊読んだついでに、「ロング・グッドバイ」のあとがきをあらためて読んで、ロング・グッドバイをあらためて読み直すか・・・原文でThe Long goodbyeにトライすべきか、悩むのであった。(2025/02/15)
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