
そもそもなんでこんな地形が出来ているのか?それが最初に知りたい所だったので、そこをもう少し深掘りしてみたい。
この平坦な沼ノ平が火口(沼ノ平火口)で、11万年ほど前に形成されたという。25万年前から20万年前もこの火口周辺と思われる噴出口から噴出した溶岩流が薬師岳や安達太良山などの溶岩台地を形成したという。その後も噴出物や溶岩で山体を形成していったということのようです。そうすると安達太良山っていう山塊は火山活動で形成されたけれども、火山そのものは沼ノ平ってことになるのだろうか?(その1の資料から)
で、その沼ノ平については火山学会のサイトに次のように記されています。
「平坦な泥の広場は,水蒸気爆発の時,火口周辺や爆裂火口壁にたまった 大量の火山灰が水によって流されて低いところ,すなわち活動を停止した火口に再び 堆積してできたものです.水とともに溜まったので非常にきれいな「水平面」を作っ ています.沼の平の「爆裂火口」は,底だけはすぐ抜けるので,その都度新しく張り 替えているけれど,胴(壁)は古いまま使っている鍋みたいなものだと思っていただ けるとお解りいただけるかと思います. (07/29/02)」https://kazan-g.sakura.ne.jp/J/QA/topic/topic209.html
標高の低い方に流れていくのであれば、浸食は進むけど、下に水は(じわじわと)抜けているから平坦な面が生まれていると言うことだろうか。抜けなくなれば、火口湖になるということか・・・
明治33年の噴火の後に、沼ノ平の火口湖は「湯沼」と呼ばれていました。(安達太良山火山防災マップ)という
(「安達太良山で完新世に発生した火山泥流に関する一考察」にも記載あり)
火口壁の岩盤は溶岩なのだろうけど、周辺が崩壊して、現在の姿になっているのか?噴火活動の時に壁状に削り取られて壁になるのか?どうなのだろうか?
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